映画、「おもひでぽろぽろ」の中でこんなシーンがある。
お芝居が大好きだった主人公のタエ子の演技が、日大の劇団員のお兄さんの目に留まって、タエ子に劇に出て欲しいって誘われる。
でもタエ子のお父さんは「劇団なんて駄目だ」と言って出ることを許さない。
結局、タエ子の代わりに青木さんが出ることになる。
「最初に選ばれたのは私なのに…」とタエ子はくやしそうにする。
するとタエ子の母親がタエ子にこう言う。
「タエ子、日大のお兄さんが最初にタエ子の所に来たってこと、学校で言っちゃ駄目よ。そんなこと分かったら、青木さん、嫌な気持ちになるでしょう? 分かった?」
このシーンが、今の時代の人にはよく分からないらしい。
「なんてひどい親!」
「どうしてあんなことを母親が言うのか、分からない」
といった感じ。
確かに今の時代の人間には分からないなのかも知れない。
あれは昭和の親の子供の育て方だからね。
今の親は、自分の子供のことが何より大事。
でも、昔の親ってのは、そうじゃなかった。
自分の子供の気持ちは二の次、そういう育て方だったね。確かに。
確かに青木さんの気持ちを考えたら、タエ子が最初に選ばれたなんて言うべきじゃない。そしたら青木さんが恥をかくことになる。
昔の日本人ってのはそういう、本当の意味で他人を思いやれる生き方ができる生き方をしていた。
山本常朝も「葉隠」の中でこう書いている。
武士道とは、人に恥をかかせない生き方のこと。
武士は面子を汚されることを何より恥とする。
面子を汚されたと感じたら、自ら腹を切る。
だからこそ、武士は他人の面子を汚さず解決する方法を必死で考えるのだと。
かく言ううちの親も、俺が誰かとぶつかって転んでも、先ず相手の怪我の心配をする。そんな親だった。
俺が転んで膝擦り剥いて血流そうと、知ったこっちゃない。
あらあら、大変ね。所で相手の人は大丈夫だったの?
こんな感じ。
そんなもんだから、俺は大人になっても自分が怪我して何針縫うような大けがしようと、ぜんぜん気にしなかったね。
若い頃、工場の流れ作業で向こう脛思いっきりぶつけて青タンできるくらい腫れても、
「とりあえず今忙しいから、痛がるのは後にしよう」
こんな感じ。
それでいいんだよ。それが正しい親の子供の育て方なんだと思う。
はっきり言って、今の子は甘やかされてるね。
でも時々、今の時代の子供がうらやましいって思う時がある。
今の時代はモンスターペアレントなんて言うけどさ、
俺は正直、そういう、自分の子供が一番って親を見ても、そんなに悪い気はしないんだよ。
だって当たり前だよね。自分の子が他人の子より大切なのは。
そうやって「自分の子に何するのよ!」ってすごい剣幕で怒る、
そういう風にされたら、子供はきっと嬉しいんじゃないのかなって思ったりする。
そんな育て方で立派な大人に育つのかどうかは別の問題として。
そして自分も、一度でいいから子供時代に、あんな風に親が俺のことで誰かに怒ってくれたらなぁ、なんて、
そんなことを、今更ながらに思ったりする。