経済なんだよ、バカ
(It’s the economy, stupid)
1992年アメリカ大統領選挙でビル・クリントン陣営の選挙参謀を務めたジェームズ・カービルは、この言葉をホワイトボードに書きつけた。
理由は、選挙演説で優先順位を絞らずに、あれもこれもと様々な政策について話したがるクリントンを諌めるためだ。
ホワイトボードに雑に書かれたこの短い言葉は、選挙期間中クリントン陣営が間違った方向へ進みそうな時に、その都度矯正する羅針盤的役割を果たした。
”メッセージには優先順位が必要だ。あれもこれもとよくばるな”
アイデアのちから(日経BP社)
今日紹介するのはアイデアのちから(チップ・ハース+ダン・ハース著)という本について。
例えば、流暢な話し方をしたいのなら、その手の講座は沢山あるし、
見栄えの良い文章を書きたいのなら、引退した元大手新聞記者なんかがよくやっている「文章講座」に通えば、それなりのものは書けるようになる。
でも、人の記憶に残る話をしたり、人の記憶に残る文章を書いたりするためにはどうしたらいいのだろう。
そう思っている人は案外多いのではないだろうか。
そして、そんなことは誰も今まで教えてくれなかったことだ。
誰だって毎日、誰かに何かを話してる。
昨日起こった出来事、仕事場であった面白い話、腹が立った話、等々。
こうやってブログを書いているのだってそう。
誰かに読んで欲しいから、もっと言えば共感して欲しいし、共感はしないまでもせめて”何か”を感じて欲しいし、ふと誰かと話している時の話題にでもなったりしてくれたら嬉しいな、なんて思う。
でも残念ながら、世の中の多くの人の話がそうであるように、世の中の多くの記事や文章がそうであるように、私たちが日々目や耳にする殆どの言葉は私たちの記憶には残らない。
だって、毎日毎日入って来る全ての言葉を記憶するにはどうでもいい情報が多すぎるし、それに何よりも”記憶する”という作業は非常に疲れる。
そんな現代の人達に自分の言葉を記憶して貰うにはどうしたらいいのだろうか。
それは、
シンプルに語ること
チップ・ハースはこう主張する。
ザボンについて(第一章 単純明快である より)

説明1:ザボンとは、最も大きな柑橘類である。外皮は非常に厚いが、柔らかくて剥きやすい。果肉は薄い黄色と珊瑚色の間で、果汁が豊富なものもあれば、やや乾いたものもある。
また、甘酸っぱくて美味しいものもあれば、酸味のきついものもある。
説明2:ザボンとは、要するに超大型グレープフルーツで、外皮は非常に厚く、柔らかい。
ザボンという果物についての2つの説明文。
大切なのはこの2つの説明文のどっちがザボンを正しく、分かりやすく説明しているかではない。
”どっちの説明が、より鮮明に人の記憶に残るか” だ。
人は誰でも、時が経てば人から聞いた細かい情報など殆ど忘れ、覚えているのはそれについての断片的な一部のことだけ。
誰だってそうだし、そこに頭の良し悪しなんて関係ない。
「ザボン? ああ、柑橘類でしょ? 後は何だっけ・・・?」
「ザボン? ああ、でかいグレープフルーツのことでしょ?」
どちらの言葉が正しいザボンを捕えているか?それは一目瞭然だ。
ザボンという果物を、グレープフルーツという、誰でも知ってる果物に例えたことによって、その人の中でのザボンのイメージは決定的と言っていい程に鮮明になり、そしてこれからもずっと記憶に残る。
シンプルに、単純明快に話すこと。やってることは、たったそれだけ。
何の役に立つのか?
では、シンプルに分かりやすく話す方法を身に付けることで、一体あなたの何の役に立つのだろうか。
●相手があなたの話に、これまで以上に興味を持つようになる
当たり前の事だが、物事を分かりやすく教えてくれる人の元に人は集まる。
池上彰氏や林修氏がTVで重用されているのを見てもそれがよく分かる。
逆に言えば、それだけ分かりやすく物事を人に説明できる専門家は業界内でも少ないということだ。
●より相手に対して強い影響力を持つようになる
たかが世間話やブログ記事と侮るなかれ。影響力はあなたの知らない所で密かに発動している。
何気ない会話の中であなたが何気なく薦めた本や商品を、知らない内に相手が買って持っていた、なんて経験はないだろうか。それは相手が知らず知らずの内にあなたの話に影響を受けたからだ。
●仕事でも役に立つ
例えば営業メール。相手に何かを依頼する時に、ほんの少し言い回しをシンプルにしただけで、今まで無視され続けたメールに返信が来るなんて事はよくある話。
実際私は反応の無かった自分のメールをシンプルに分かりやすく手直しして再送し、その結果反応を貰った経験が何度もある。
業務メールとはいえ誰だって難しい言い回しなんて好まない。難しい言い回しをされて「あ、この人頭いいな」なんて思う人はいない。寧ろ逆だ。大抵は呆れて「バカだなコイツ」と思う。
つまり、言い回しや文章をシンプルにすることは、それだけで仕事上大きなメリットとなる。
最後に
一口に”シンプルに語る”と言っても、ただ不要と思えるような言葉や言い回しを次々と排除していけばいいという単純なものではない。
チップの言葉を借りれば、物事の「核となる部分を見極め」、「巧みに言葉を入れ替える」作業が必要だ。
一見難しそうに見えるが実際にやってみるとそうでもない。この本の第一章をしっかり読み、
アイデアは情報量を減らせば減らすほど、人の記憶に焼きつきやすくなる
という大原則をしっかりマスターしてさえいれば、面白い程簡単にできるようになる。
私はこの本を購入してから既に20回以上読み返している。
それだけ何度も読み返す価値のある本だというのも勿論だが、それ以前にこの本で語られている数多くのエピソードは、それだけで読んでいてとても面白く、また印象深いものばかりだからだ。
因みに、今回この本の紹介で取り上げたエピソードは、全て本書の序章と第一章「単純明快である」の中で語られている。
この本は全六章+終章で構成されており、全編で350ページを超えるぶ厚い本だ。
だが、恐らく読んでいるとそんな事は全く気にならないだろう。
それ位この本は読みやすく、また書かれてる内容は他のどの本のものよりも得難く、そして実践的だ。
もしまだこの本を読んだ事が無いのなら、あなたも是非一度読んでみてほしい。
誰かに何かを言葉で伝えることの難しさを感じたことのある人ならば、尚更。
もっとも、そんな経験の無い人など居ないだろうけれど。