全てをありのままに、忌憚なく言わせていただくと、
私は今でこそただのオッサンですが、昔はそれなりに、人並みに夢を持った少年でした。
今でもそれなりに夢はあるつもりですが、それはきっと当時の夢とは、意味合いも輝きも塗られている色も、何もかも全てが違うのではないでしょうか。
私たちは子供の頃学校で、”夢の実現方法”なんて習いません。
それどころか、確定申告のやり方すら習いませんでした。
堅実な人生の生き方も教わらず、かと言って夢の実現方法も教えてくれない。
一体、学校とは何なのでしょうか。何を教えてくる場所だったのでしょうか。
とまあ、何かというと体制を皮肉り、風刺じみた主張で、最終的には政治批判に走るというのが、世のオッサンの特徴です。
これをやりだしたらあなたも立派なオッサンです。気を付けたいものですね。
ピピとピーの大冒険 あとがき2
というわけで(何がというわけなのかは分からないが)、今日は「ピピとピーの大冒険」あとがき2回目。
私は子どもに限らず、人が成長していく姿を見るのが大好きだ。
私は昔、村上春樹氏の小説が好きで、寝ても冷めても彼の小説ばかり読んでいた頃があった。
そんな氏の代表作の一つ、ねじまき鳥クロニクルのラストで、こんなシーンがある。
「逃げて」とクミコは言った。
僕の考えていることが本当に正しいかどうか、わからない。
でもこの場所にいる僕はそれに勝たなくてはならない。これは僕にとっての戦争なのだ。
「今度はどこにも逃げないよ」と僕はクミコに言った。
「僕は君を連れて帰る」僕はグラスを下に置き、毛糸の帽子を頭にかぶり、脚にはさんでいたバットを手に取った。
そしてゆっくりとドアに向かった。
村上春樹著「ねじまき鳥クロニクル〈第3部 鳥刺し男編〉より
ここだけ読んでもあまり意味が分からないかも知れないが、実はこのシーンを迎えるまでに主人公のワタヤ・ノボルは、突然失踪した妻・クミコを何度か夢の中で見つける。
だけどその度に得体の知れない何かが近付いてきて、ノボルはその恐怖に耐えかねて逃げ出してしまう。
でも、それから色んな出来事があって、ノボルは色んな人と出会い、成長していく。
だから彼の最後の「今度はどこへも逃げないよ」の言葉が、重く、ズシーンと読んでる人の心に響いてしまうんだね。
今まで逃げてばかりいた、どうしようもない彼だったからこそ、重い、重い最後の言葉。
人は成長していくもの。
もちろん、どんな成長曲線を描くのか、それは人それぞれで、誰にも分からない。
だけど、それでも、その人なりに色んな事を経験して、色んな人に出会い、成長していく。
世の中なんてウソや虚構だらけだけど、そこにだけはウソはないんじゃないのかな。
そんな風に思ったりする。
ピピはおばあちゃん子。優しくて、なんでも知ってるおばあちゃんが大好き。
ずっとおばあちゃんと居たかった。
そんな、強すぎるおばあちゃんへの思いと、そんなおばあちゃんを失ったショックから、
もしかしたら心のどこかで「つらい記憶がなくなればいいのに」なんていう気持ちを抱き、結果的にヤカラに記憶を盗られてしまうきっかけとなったのかも知れない。
もちろん、そこまで考えて物語なんて作っていないし、今のも後付けの想像で言ってるだけではあるが。
だから、物語の中心にあるのも、おばあちゃんとの思い出。
ピピとピーの窮地を救ってくれたのも、おばあちゃんの教えてくれた知識。
別に「おばあちゃんって偉大」とか、そういう事を言いたいんじゃなく、心の支えや拠り所を、ちゃんと持っていた事が一番大きかったんじゃないかなと。もちろん、おばあちゃんは偉大だけれど。そこに異論はないけれど。
ピピのトレードマークである、お団子ヘア、シニヨンが取れてしまうシーン。
これが実はこの物語を作ろうとした時、最初にイメージとして頭に思い浮かんだのがこのシーン。
お団子ヘアはピピの文字通りトレードマークで、可愛らしくてとてもピピに似合ってる。
でも、どこか子供っぽさも。
それが取れた事で、ほんのちょっとだけ大人っぽくなって、そしてちょっとだけ成長していく。
ありきたりって言えばそれまでだけど、こういうシーンは個人的に大好き。
このシーンに長い時間使ったのは、記憶を取り戻したピピとピーができる、最初で最後の「普通の会話」だったから。
ほんとはもっと話したい事、一杯あったのに、記憶がなかったり、ヤカラが邪魔だったりでなかなかできなかったけど、やっとそれが叶ったシーンだから、ちょっと長めに取ってみた。
ラストのシーンは、最初は桜じゃなくて、普通の新緑の季節で枝にとまるピーとのツーショットだった。
だけど冒頭が桜だったし、逆になんでここが桜じゃないのか自分でも意味が分からなくなってきて、後から桜バージョンを慌てて追加したという。
とまあ、これが慌てて作った桜バージョン。
因みに、オープニングのおばあちゃんとピピが並んで歩くシーンも後付けなので、その辺りが自分の頭から桜が抜けてた理由かも。
最後に
というわけで、こんな感じでワタワタと試行錯誤しながら作りました。
セリフなんかは大体絵を描いてる時に時間が一杯あるんで、そこで作っちゃう事が殆ど。
紙に書いたりはしないけど、イメージできてるから後からでも全然間に合う。
伝えたい部分を伝えられていたらいいんだけど、なかなかそうもいかないんだろうなとも思ったりする。
ただ、見終わった後何か感じてくれたら嬉しいなと。
そんな感じであとがき終わります。
いつもいつもとりとめがなく、しっちゃかめっちゃか(死語)ですいませんね。